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寄稿

【掲載インデックス】

鶴岡とアマゾンと多様な価値観

2024年11月1日号 子どもの読書を支える会代表 戸村 雅子さん

鶴岡とアマゾンと多様な価値観

2024年8月1日号 一般社団法人アマゾン資料館 山口 考彦さん

特別エッセイ「致道館中学・高校」

2024年1月1日号 作家 佐藤 賢一さん

寄稿バックナンバー
・2023年寄稿 ・2022年寄稿 ・2021年寄稿 ・2020年寄稿 ・2019年寄稿 ・2018年寄稿

2024年11月1日号 AI時代の到来—子どもはいっそう読書離れ? 図書館はいらなくなる?
 子どもの読書を支える会代表 戸村 雅子さん

 「子どもたちがAIの海で溺れてるんだって!」  「スマホやタブレットに夢中になっているってこと?」  今、子どもたちは学校からタブレット端末を配布されており、週に何回かは家に持ち帰ってそれを使って宿題にとりかかる。それは親に頼らなくても子どものニーズに応えてくれる。この学び方は意欲を喚起し、目標に到達した喜びや満足感を与える。「やったぁ」という感動は子どもを成長させる。利点はいろいろあるようだ。  子どもが夢中になっているスマホなどのデジタルメディアもそうだ。あらゆる情報を手の平サイズに収めたスマホは、子どもの好奇心を刺激し、飽くことのない遊びと学びの世界に招き入れる。しかし一方で、スマホ依存症という病気に陥る深刻な問題も指摘されている。
 世の中は昭和世代の私など想像もつかないほどのスピードで進歩、発展し続けている。まるで天上知らず。新聞でこんな見出しを読んだ。「今年のノーベル賞の自然科学分野は、2賞を人工知脳(AI)関連が占め、研究者の中でも驚きが広がった」(朝日新聞2024年10月22日付)。
 「子どもの読書を支える会」は今年で20年目を迎えた。その記念の取り組みとして活動の歩みを冊子にしたり、重点活動をいくつか企画したりしているが、今回の講演会もその一つである。AI時代における子どもの学びや読書指導、図書館の役割などについて専門の福田孝子氏に語っていただく。このテーマは、関係者のみならず、親の立場からもぜひ考えていただきたい子どもたちの「今と将来」に関わる内容である。
 「これからの子どもたちの読書はどうなるの、どうすればいの?「将来的な図書館の役割は?」など、私たちの不安や、もやもやしている問いにきっと応えてくれるはず。ぜひ、おいで下さい。

2024年8月1日号 鶴岡とアマゾンと多様な価値観
 一般社団法人アマゾン資料館 山口 考彦さん

 私はブラジル・ベレン市で生まれ、4歳までアマゾンの自然と文化に囲まれて育ちました。文化人類学の研究者で南米アマゾンに魅了された父・吉彦と、好奇心旺盛な母・考子の間に生まれ、当初は「アマゾン太郎」と名付けられるほど、父のアマゾンへの熱意は並外れていました。 約2万点に及ぶアマゾンの自然資料と民族資料を自らジャングルを探検して収集し、特に活用の計画も持たず、ほぼ全財産を注いで日本へ輸送した父の生きざまを、私はいまだに理解できずにいます。ただ、人の生き方はさまざまです。少なくとも、父は夢を抱き、それをある意味で実現させた人として、羨ましくも思っています。
 父の故郷・鶴岡市に移り住んだ私たちは、伝統的な風習が息づくこの地で、周囲から好奇の目で見られる存在でした。当時の鶴岡で外国人は珍しく、異なるものを排除する傾向が強かったと思います。私の行動—例えば靴を履いたまま他人の家に入ったり、女の子と挨拶でキスを交わしたり—は、日本の常識では驚きとして受け取られることが多かったでしょう。子どもながらに、私もその違和感に気づきました。周りに合わせて行儀よくしようと努力した時期もありましたが、結局は友人たちと悪戯をしたり、不条理な大人たちに反抗したりして、自由な子ども時代を過ごした記憶があります。
 時に私が同調圧力に葛藤していると、母は「あなたにはあなただけの才能があり、相手を思いやる心があるのだから、他の人たちが何を言おうとも自分を恥じないで」という言葉をかけてくれました。その言葉は、40年以上経った今でも私の心の支えです。振り返ると、自然が豊かで、両親と出かけた山・川・海で虫や魚を捕った鶴岡は、子ども心を躍らせる場所でもありました。
 その後、アメリカでの生活や国際協力の仕事を通じて、さまざまな文化や価値観を持つ人々と出会い、多様性こそが世界を豊かにする力であることを学びました。異なる意見やアイデアが交差することで生まれる創造性や、マイノリティの人々が互いに支え合うコミュニティの強さを目の当たりにし、自分自身の生き方を見つめ直す契機となりました。
 6年前、母の他界をきっかけに鶴岡に戻った私は、父が収集したアマゾンの資料の整理と保存に取り組みました。しかし、資料の膨大な量と、一部の市民の理解不足に直面し、再度、葛藤の日々が続きました。「アマゾンの資料なんて集めるべきではなかったのに…」と、父に対して恨みごとを言ったこともありました。
 しかし、致道博物館から「探検!アマゾンワールド」展の企画を持ちかけられ、転機が訪れました。同展では、多様性の実現に向けて、これらアマゾンの資料をツールとして市民と共に創り出す、画期的な展示が実現できたからです。この展示では単なる資料の羅列ではなく、鶴岡市民を巻き込んだ参加型企画を目指しました。乳児から60代まで、参加した多様な年齢層の市民が探検家となり、アマゾンの世界を五感で体験できるワークショップを企画し、参加者の視点と感性を具現化して共同で作り上げました。
 多様な種が共生し、調和しているアマゾンの環境の再現を試みたこの展示に訪れた方々からは、「まるでアマゾンを探検しているみたい!」「子どもと一緒に楽しめて良かった」といった声が寄せられ、「これが父が資料を日本に持ち帰った意義なのか」と改めて感じています。
 アマゾンが鶴岡に存在する理由、それは排他的な現代社会の生きにくさから解放されるためのヒントをアマゾンが提供しており、それが今の私たちに必要だからかもしれません。
 知ることよりも感じることを重視した今回の展示では、大人も子どもも関係ありません。私自身にとっても、これを企画することで参加者から影響を受け、子どもの頃のようにワクワクした体験が価値観を広げてくれたのだと思います。
 アマゾンの世界で自分らしさを探る「探検!アマゾンワールド」、8月18日まで致道博物館で開催中です。

【山口 考彦(やまぐち・なすひこ)さん プロフィール】
 1976年生まれ。コロラド大学で人類学を学び、政策研究大学院大学の修士課程修了。青年海外協力隊やJICAに所属し、国際協力に従事。2019年、父・吉彦さんが収集したアマゾンコレクションの保存活用を目的として一般社団法人アマゾン資料館を発足し、代表理事に就任。

2024年1月1日号 「致道館中学・高校」
 作家 佐藤 賢 一さん

 作家なので、私にも出版社ごとに担当編集者がつく。それが世代交替が進んだようで、この数年で一気に若くなった。二十代の、いや、まだ大学を出たばかりの担当もいるが、何是となく話していると「時代は変わったなぁ」と思わされることが多い。例えば、学歴だ。出版社の社員といえば、ほぼ全員が超がつくほどの高学歴で、それは昔から変わらない。が、それぞれ名門大学に入る前はというと「中高一貫校に通っていました」というのが、今や大半を占めるのだ。
 私と同世代くらいでも、ことに首都圏や関西圏の出身者だと、中高一貫校の卒業生がいないではなかった。それでも地方出身者を中心に「地元の名門進学校を出ました」という向きが、なお圧倒的に多かった。それが今では、むしろ少数派なのだ。中高一貫校で学ばないと、難関大学に合格するのはなかなか難しくなったということだ。少なくとも中高一貫校のほうが、より有利に、より容易に、よりレベルの高い大学に行くことができるとの認識が、今や定着しているのだ。
 別な言い方をすれば、中高一貫校がない地域の子供は辛い。無論それが全てでないが、大学進学を考えている子供には、やはり辛い。なにしろ同じ大学に入るにも、何割増しかの苦労を強いられるのだ。当の子供は当たり前としか思わず、別に疑問も覚えないかもしれないが、それでも痛感するときは来る。それこそ進学して、余所に移り、そこで中高一貫校の出身者と知り合えば、自分ばかりが余儀なくされてきた苦労に愕然とさせられる。
 それは修学を終えて、就職するとなったときの判断にも、微妙に作用するだろう。就職先、というより就職地を考えたとき、中高一貫校がない地域は端から外されかねない。大半は未婚だろうが、独身を貫くとでも決めているのでないかぎり、いつか持つかもしれない子供の教育環境についても、無関心ではいられないからだ。ほとんどの場合、それはUターン就職するかしないか、出身地に戻るか戻らないかの選択になるだろうが、いくら愛する故郷でも中高一貫校がなければ、もはや一考すらされないのだ。
 子供には自分のように受験勉強で苦しませたくないと思えば、はじめから余所を選ぶしかない。それがIターン就職なら、なおさらだ。職歴があり、既婚で、子供がいる人材も少なくないが、地方生活そのものには魅力を感じていても、中高一貫校がない地域は端から目に入らないのだ。つまるところ、大学進学を志す子供たちだけではない。中高一貫校の有無は、地域の未来にとっても死活問題なのだ。そうすると鶴岡は——と考えて、暗く俯いてしまうのは、もう過去の話である。いうまでもない今、二〇二四年四月、鶴岡南高校と鶴岡北高校が合併し、致道館中学・高校が新たに開校するからだ。鶴岡は優秀な若者を多く送り出せるのみならず、その人材が帰ってこられる地域に、あるいは余所の人材にも選ばれる地域になったのだ。
 しかも致道館中学・高校は公立である。余所の中高一貫校は私立が多く、その教育費は当然ながら安くない。せちがらい話だが、そこに中高一貫校があっても、親が高給取りでなければ、子供に恵まれた教育環境は与えられないのだ。
 が、その望みが鶴岡ではかなえられる。公立なら親が普通に働いていれば、子供は通うことができる。これは魅力的だと、鶴岡にUターン就職、Iターン就職を希望する向きは確実に増えていくと私は思う。
 致道館中学・高校の開学が喜ばしいばかりだという所以だが、ただ、そのこと、今から心づもりしていなければならない。来たい、住みたい、就職したいといわれながら、うまく応えられない鶴岡では、やはり選ばれる地域にはなりようがない。