私が暮らす街
鶴岡に関する皆様からの投稿をお待ちしております。Eメール、FAX(0235-28-2449)でご応募下さい。
【掲載インデックス】
第283回 日本は戦争しないと決めた国〜『子どもにつたえる日本国憲法』 2026年4月15日号鶴岡市在住 梅津 眞弓さん
第282回 「生涯〝貢献〟社会」の進展を念願 2026年3月15日号県立産業技術短期大学校庄内校・非常勤講師 伊藤 美喜雄さん
第281回 短歌・俳句の文化振興を願う 2026年1月15日号県立産業技術短期大学校庄内校・非常勤講師 伊藤 美喜雄さん
私が暮らす街バックナンバー
・2025年 私が暮らす街
・2024年 私が暮らす街
・2023年 私が暮らす街
・2022年 私が暮らす街
・2021年 私が暮らす街
・2020年 私が暮らす街
・2019年 私が暮らす街
2026年4月15日号 鶴岡市在住 梅津 眞弓さん
第283回 「日本は戦争しないと決めた国〜『子どもにつたえる日本国憲法』
私が今、子どもたちに読んであげたい本、深く青い空に小さな星が輝いている表紙カバーのそれは、あたかも荒海の中で行き先を指し示す羅針盤のようです。山形県出身の井上ひさしさんが20年前の2006年に出版した『子どもにつたえる日本国憲法』(講談社)です。
終戦当時、国民学校の生徒だった井上さんは、敗戦の翌年に公布された日本国憲法を先生から聞いたときに感じた、「体が震えるほどの感動と、誇らしくて、いい気分を今の子どもたちにも分けてあげたい」という思いでこの本を手がけたのだそうです。
子どもにもわかりやすい言葉とともに、いわさきちひろさんが描いた子どもたちや花、小鳥たちの可愛いあたたかな絵がたっぷり。20年の間、時々持ち歩きながら、何度も読み返したり、人に紹介したりしてカバーの四隅がすり減って白くなった本です。
本に書かれている「絵本 憲法のこころ」は、日本国憲法のなかでも「これだけは読んでおいてほしい」と思う前文と第九条について。「おはなし 憲法って、つまりこういうこと」は、井上さんが実際に子どもたちに話した内容をもとにした、憲法の考え方や、条文の内容について。さらに憲法全文も掲載されていますので、大人にもお勧めです。
2024年、日本被団協がノーベル平和賞を受賞しました。また、「戦後・被爆80年」を迎えた2025年は、新日本婦人の会で、鶴岡市中央公民館を会場に「高校生の原爆の絵展」を開催しました。広島市立基町高校の学生が被爆者の証言をもとに被爆者と一緒に描いた絵の展示を通して被爆の悲惨な実相を多くの方に伝えたいとの思いでした。広報で見たという親子や、ちょうど部活で訪れていた中学生たちに観てもらえましたが、市民の関心は低いと感じました。
今、世界を見れば国家間の争いが絶えません。今年の年明け早々、アメリカのトランプ大統領によるベネズエラ攻撃、アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃など、国際法無視で暴力的に他国の体制を変えようとしていることへ、恐怖とともに怒りを感じています。しかも真の理由は、石油の権益や、自分に迫る問題から目をそらそうとしているからなどともいわれ、そのために多くの子どもたちや市民の命が奪われるなどということがあって良いはずがありません。いえ、どんな理由があっても、他国が暴力的に攻撃したり、命を奪うことは許されないと思います。
高市首相はトランプ大統領を支持しており、自衛隊を派遣するようなことがあれば、日本が戦争に巻き込まれることになるのではないかととても心配しています。もしそんなことになれば、日本中にある米軍の基地や原発が標的になり攻撃されるかもしれません。そうでなくても、輸入に頼る島国の日本は、兵糧攻めにあえばひとたまりもありません。そして戦争は、始めたら終わらせることがとても難しい、どちらかが破壊しつくされるまで終わらないと歴史が教えてくれています。
しかし、私たちには、日本があの悲惨な戦争を経て、戦争はしないと決めた『日本国憲法』があります。今回の首相の訪米でも憲法九条が、自衛隊の派遣の歯止めになったと言われています。今回ほど「九条」の力を感じたことはありません。
改憲反対と言うと、「お花畑」と言われたりします。私は焼き尽くされ、廃墟となった瓦礫の町より、お花畑が好きです。そして今、「憲法守れ!」と声をあげる人たちが増えてきました。安保法制が強行採決された11年前から、毎月19日に行動する人たちが全国にいます。最近はどこも少人数での行動でしたが、日本が戦争に巻き込まれる不安や危機感を感じた人たちが声をあげ始めています。3月25日は国会前のデモに2万4千人が参加(同時ネット視聴6万人)。反戦の声を上げる層は若者や女性にも確実に広がっています。
日本国憲法は、国家権力を縛り、主権者である国民の権利と自由を守る「国の最高法規」です。戦前と違い、戦争反対と声に出して言えるのも、憲法で保障された権利なのです。
今、憲法を変えたいのはどんな人たちか、どんな目的があるのかきちんと見ていくためにも、『子どもにつたえる日本国憲法』を読んでみませんか。
【梅津 眞弓(うめつ・まゆみ)さ プロフィール】
生まれも育ちも鶴岡市。退職後は好きな音楽と読書と手芸を楽しむ時間も少しずつできてきました。現在、新日本婦人の会鶴岡支部事務局長をしています。
2026年3月15日号 県立産業技術短期大学校庄内校・非常勤講師 伊藤 美喜雄さん
第282回 「生涯〝貢献〟社会」の進展を念願
鶴岡市は2020年にSDGs未来都市に選定され、「鶴岡市SDGs未来都市計画」を策定。官民連携のもとで企業、団体などが推進パートナーとして登録し、社会貢献に資するSDGsの普及啓発に取り組んでいます。
SDGsは、国際連合が定める「地球規模の課題解決を目指す持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」の略称。17項目の目標を掲げてめざすところとしてキーワード「5つのP」を挙げています。
①人間(People)…すべての人の健康で平等な生活、教育環境などの保障をめざす。
②地球(Planet)…温暖化、海水面の上昇などで多くの危機に直面する地球環境を破壊から守り育てる。
③豊かさ(Prosperity)…すべての人が経済的に充実した生活を送れるようにする。
④平和(Peace):あらゆるレベルで暴力や恐怖を排除し、平和な世界をめざす。
⑤パートナーシップ(Partnership) …国際機関、政府、企業、社会、市民など多様な参加者がグローバルな共同関係を維持・推進する。
SDGs達成のためには人権教育、環境教育、多文化共生・平和教育が重要です。これを統合する社会貢献教育は子どもたちが社会貢献を考え、体験するプログラムです。社会貢献教育の本質は、知識としてだけでなく、「自分も社会で活躍でき、必要とされる役割がある」ことを模擬体験や実体験を通して理解し、自分事として学ぶことです。社会の多様性を考える機会になり、教室での疑似体験型から、地域の中で年間通して実体験するものまでさまざまなモデルがあります。
社会貢献とは、個人や団体、企業がより住みやすい社会にするために行う寄付や物資の提供、慈善・ボランティア活動のことです。個人の活動例として、寄付、募金活動、環境美化保全活動、地域活性化、子どもや高齢者や障がい者支援、災害支援、国際交流・協力などが挙げられます。
メジャーリーグで3年連続4回目のMVP受賞と大活躍中の大谷翔平選手は数年前、野球の普及と青少年の夢の実現のため、野球グローブを日本全国の小学校に寄付。草野球少年だった私も感服しました。また、2025年11月22日には「SHOHEI OHTANI FAMILY FOUNDATION」(大谷翔平ファミリー財団)の設立を発表し称賛を浴びています。その理念を英文で「私たちの使命は、子どもたちが活動的であり、健全に暮らすよう促す取り組みに資金提供し、また、困っている動物を救助、保護、世話する計画を支援することで、より健康で幸せな地域社会を創ることです」(筆者抄訳)と財団公式サイトで説明しています。
ファミリー財団は日本で馴染みの薄い言葉ですが、富裕な個人や家族が私財を投じて設立する民間の非営利団体(NPO)のことです。米国のデータによると、米国内に慈善活動や社会貢献教育が目的の非営利団体は約150万団体あり、中でも個人(家族)の資金で運営する私立財団(Private Foundation)は2021年時点で約13万団体あり、大部分がファミリー財団とのこと。
ゲイツ財団やロックフェラー財団など、超富裕層が設立した大規模財団が有名です。しかしファミリー財団は半数が1億円未満の規模。日本でも制度改革などで、慈善活動を通じて自分たちの理念を次世代に継承する財団設立が広がることを期待します。
個人的には、国際交流や慈善社会貢献活動でユニセフ募金などへ毎年寄付しています。わずかな遺産を遺言書で特定の人や諸団体に寄付する「遺贈」もあるそうです。
人生100年時代、生きている幸せを感じながら歳を重ねるには身体的健康や金銭的な豊かさだけでは不十分で、社会と接点を持ち、誰かの役に立っていると感じられる貢献感が大切なことが分かってきました。「貢献寿命」(Engaged Life Expectancy)は東京大学の秋山弘子名誉教授が提唱した概念。人や社会に貢献できる期間を意味し、「誰かのために生きられる期間」ともいえます。社会で役割を持ち、誰かの役に立ち、感謝されるという関わりを持ち続けられる人生期間を指します。平均寿命や健康寿命に続く新たな長寿の価値として注目されています。
ウェルビーイング(well-being)は身体的、精神的、社会的に良好な状態を意味する言葉です。こころ、身体、社会的なつながりが健やかで満たされている状態のことです。SDGsに2015年に組み込まれて以来、近年関心が高くなっています。
ウェルビーイングの視点を持って「貢献寿命」を延ばし、社会貢献活動が盛んになり、「生涯〝貢献〟社会」が進展すること念願します。子どもたちや若者が高齢になった時でも、精神的・経済的社会貢献活動などで「貢献寿命」を延ばすことが価値の一つで、平和な世界であることを希望します。
2026年1月15日号 県立産業技術短期大学校庄内校・非常勤講師 伊藤 美喜雄さん
第281回 短歌・俳句の文化振興を願う
詩歌(しいか)は漢詩、和歌、俳句、川柳などの韻文の総称です。奈良時代末に編纂された日本最古の和歌集『万葉集』は詩歌の源。日本最初の勅撰和歌集は『古今和歌集』です。和歌、短歌どちらも五七五七七の31音で、和歌は日本古来の定型詩の総称、短歌は明治以降個人の自由表現として詠まれているものを指すようです。
短歌は季語を含む必要はなく、恋歌が多い。世界最古の女性文学『源氏物語』を執筆した紫式部の生涯を描くNHK大河ドラマ「光る君へ」(2024年放映)の中で、平安時代の上流社会で気になる相手に恋文として31音に想いをしたためる様は風流で優雅なシーンでした。
天皇が年の最初に催しになられる歌会・宮中歌会始は、明治と戦後の改革により一般詠進、選歌の披講、テレビ中継放送と門戸が広がり、世界に類のない国民参加の文化行事になりました。短歌は日本伝統文化の中心をなすといえるでしょう。
令和8年の宮中歌会始の詠進歌のお題は「明」。そこで思い出されるのは酒井忠明(ただあきら、1917〜2004年)氏です。旧庄内藩主酒井家十七代当主で、写真家・書家・歌人・致道博物館名誉館長・鶴岡市名誉市民。旧制鶴岡中学(現・山形県立致道館高等学校)卒業後、「庄内学」と称される儒学や古典などを学びながら短歌を始め、歌人で万葉集研究家の国文学者・佐佐木信綱に師事。1954年(昭和29年)の宮中歌会始で 「芽ぶき立つ 裏の林に 山鳩の 鳴く音こもりて 雨ならんとす」 の歌が入選。2003年(平成15年)には天皇・皇后に招かれ歌を詠む召人(めしうど)に選ばれ、「今もなほ 殿と呼ばるる ことありて この城下町に われ老いにけり」の歌を古式にのっとった節回しで披露しました。この歌の記念碑が鶴岡公園内に建立されています。
忠明氏は書家「雍鳴(ようめい)」 の雅号を持ち、鶴岡南高校(現・致道館高)の卒業証書に卒業生の氏名を揮毫していただいていた時代があります。旧鶴翔同窓会会長として創立記念式典や卒業式で学識に裏打ちされた格調高いお話をされていたことを思い出します。
鶴岡ゆかりの歌人には、上野甚作(1886〜1945年)がいます。大正から昭和に歌集『郷土礼賛』『停雲』を発表するなど短歌の普及と振興に寄与。農業の傍ら作歌活動を行い、農村青年を啓蒙し1917年(大正6年)に機関誌「島影」を発行。22年(大正11年)歌集『耕人』を発行。農民歌人として歌会を主宰し後進を指導。県歌人会委員も務めました。
鶴岡市立図書館では上野甚作の功績を記念して1959年(昭和34年)に「上野甚作賞」を創設して短歌を毎年公募し67回を迎えます。
俳句は季語を含み、五七五17音を基本とする、世界で一番短い定型詩。日本人の美意識、自然観、哲学、思想、情趣などが込められています。明治時代に正岡子規による俳句革新運動で一般に知られるようになりました。川柳も五七五17音ですが季語を含まず、口語で人生の機微や世相・風俗を風刺的に描写するものです。
俳人・松尾芭蕉(11644〜1694年)は門人の曽良を伴い1689年(元禄2年)3月に江戸・深川を立ち、奥羽、北陸を経て大垣(岐阜県)まで5カ月間をかけて行脚。各地の珍しい風物や人情、風俗に触れ、貴重な紀行文『奥の細道』を生みました。43日間山形県に滞在し、出羽三山に6月3日から同10日まで滞在。同5日に羽黒山、同8日(いずれも旧暦)に月山、湯殿山の三霊山を踏破しました。県内でも多くの名句を残し、出羽三山神社境内の羽黒山芭蕉像の右横と、いでは文化記念館に三山三句碑があります。「涼しさや ほの三か月の 羽黒山」「雪の峰 幾つ崩れて 月の山」「語られぬ 湯殿にぬらす 袂かな」。山王日枝神社境内には句碑「珍らしや 山をいで羽の 初なすび」があります。
正岡子規は1893年(明治26年)7月19日から8月20日まで約一カ月間、芭蕉の足跡を訪ねて東北地方を旅し、紀行文『はて知らずの記』を書きました。8月6日から9日まで山形県内を旅し、最上川を下り庄内地方の清川や酒田に立ち寄り、秋田に向かいました。高浜虚子(きょし)も山形県を訪れ、出羽三山神社境内鏡池近くの「虚子三代句碑」の中に1956年(昭和31年)に羽黒山で詠んだ「俳諧を 守りの神の 涼しさよ」の句碑があります。羽黒山全国俳句大会は高浜虚子の来山を機に1959年(昭和34年)から開催され68回を重ねています。
庄内を対象に文芸・評論・作文などで功績があった方へ贈られる鶴岡市の「高山樗牛賞」も68回を数えています。荘内日報社主催の俳句・短歌コンクール「荘日新春句歌歳時記」は38回。新聞各紙・広報誌などには歌壇・俳壇・柳壇の投稿コーナーもあります。文芸振興のため、作品顕彰の継続を願ってやみません。
